2013年の私
失う、ということ。
弾く、ということ。
傷つく、ということ。
無、ということ。
空っぽ、ということ。
思い知ったね。痛いほど。
自己流で。森田療法のつもりで、瓦礫の地で庭を創り始めたね。
あの頃は、言葉も失ってたね。言葉の届かない虚しさで、言葉を紡ぐ機能が動かなくなってた。喋らなくなった私に、親は涙を流したね。でも。なぜ彼らが泣いているのかも、当時はよくわからなかった。
ただ、土に向き合ってた。
来る日も来る日も、開墾した。
喋ることなく、黙々と。
そして気付いた、
世界は"美しい"ということに。
あれから3年。
私は、働いている。
今は。これが日常だけど、あの頃には信じられない日々を送っている。
生きている。
信じられない現実だ。
3年前、開墾を始めた土地は、今は素敵な庭になっている。まだまだ発展途上だが。
その庭に、今年もワイルドストロベリーが実った。甘酸っぱい味。美味しかった。
早朝に起きて、収穫する、そんな季節が今年も来た。
"生きてて良かった"。
本当に、そう思える。
さて、今年は何を植えようか…。
(今年初のワイルドストロベリーを食べたのと。久々に、開墾過程を遺すために撮っていた定点写真を気紛れで見たら、色々と思い出してしまったな。いかんいかん、寝なければ!!)
弾く、ということ。
傷つく、ということ。
無、ということ。
空っぽ、ということ。
思い知ったね。痛いほど。
自己流で。森田療法のつもりで、瓦礫の地で庭を創り始めたね。
あの頃は、言葉も失ってたね。言葉の届かない虚しさで、言葉を紡ぐ機能が動かなくなってた。喋らなくなった私に、親は涙を流したね。でも。なぜ彼らが泣いているのかも、当時はよくわからなかった。
ただ、土に向き合ってた。
来る日も来る日も、開墾した。
喋ることなく、黙々と。
そして気付いた、
世界は"美しい"ということに。
あれから3年。
私は、働いている。
今は。これが日常だけど、あの頃には信じられない日々を送っている。
生きている。
信じられない現実だ。
3年前、開墾を始めた土地は、今は素敵な庭になっている。まだまだ発展途上だが。
その庭に、今年もワイルドストロベリーが実った。甘酸っぱい味。美味しかった。
早朝に起きて、収穫する、そんな季節が今年も来た。
"生きてて良かった"。
本当に、そう思える。
さて、今年は何を植えようか…。
(今年初のワイルドストロベリーを食べたのと。久々に、開墾過程を遺すために撮っていた定点写真を気紛れで見たら、色々と思い出してしまったな。いかんいかん、寝なければ!!)